個と組織の矛盾
組織は多様な人々の集合体です。もちろん採用時にはその会社に適した人を厳選しますが、それでも人の価値観は多種多様です。従業員は組織のために存在しているのではなく、自らの欲求を充足させる手段として、組織に貢献するわけです。一方、これまで述べてきた通り、組織はその目的を達成する為に存在しています。その手段として個々人に様々なインセンティブを与えます。
こうして、「個人の欲求」と「組織の目的」を同時に達成できている限りは、組織は順調に存続していきます。
しかし、この両者がきれいに満たされることはなかなかありません。資源が限られていることから、両者には矛盾が生じ、個人が組織のために本来払いたくない犠牲を強いられる場合もあれば、個人の欲求のために組織の目的達成が邪魔される場合もあります。
この矛盾を調整、統合し、両者をうまく噛み合わせるためには、経営者およびマネジメント層は「限られた資源でモチベーションをどう上げていくか」を真剣に考えなければなりません。
経営資源の中には、人・物・金・情報がありますが、人は限界を超える力を発揮する場合もあれば、逆に何の役にも立たない場合もあります。いやそれどころか、組織に害を与えるマイナスになることさえあります。
モチベーション低迷の要因1
企業が成長期の組織と、企業が成熟している組織では、モチベーションの上げ方が大きく異なってきます。
「組織の目的」と「個人の欲求」の矛盾を解決する一つの方法は、報酬です。報酬には、金銭的報酬とポスト(役職)があり、この両者を適宜配分することで、矛盾の多くは解決したという側面があります。成長期の企業では、この二つの報酬を十分に提供することができました。潤沢な売上により、矛盾は覆い隠されます。増えていく人員を束ねるためのポストも増やす必要がありました。そのポストが個人の欲求と密接につながっている場合も少なくありませんでした。
昇給や賞与、昇進、昇格という報酬を、組織に貢献してくれた従業員に対して、十分に提供できたのです。従業員としては生活が豊かになる上に権限や仕事の幅が増えます。それに伴い新しいやりがいも見いだせるし、がんばれば報われるという希望を見せることができました。
しかし、企業が成熟し売上の拡大が見込めなくなると、売上は増えないためこれを十分に配分することはできません。また人員は増えないためポストを増やす訳にもいきません。すると、従業員はがんばっても金銭的にも報われないし、ポストも与えてもらえない。これまでと同じ仕事を延々と繰り返し、見通しも立ちにくい。こんな状況におかれてしまいます。苦肉の策で増えたどういう役職なのかよくわからないポスト名は枚挙にいとまがありません。
これから我が国の組織では後者が増えてくるに違いありません。人口が減少し少なくとも内需は縮小していくからです。事実、この減少は既に起こっており、組織が個人の欲求を満たすための十分な原資は市場から調達しがたくなっています。
内需に頼れないのであれば海外に進出しなければなりません。あるいは新規事業を立ち上げ需要を創造しなければなりません。私たちは、この限られた原資でどのように個人の欲求を満たしていけば事業を前に進めるエネルギーを手に入れることができるのでしょうか。このことを真剣に考えなければならなくなったのです。
モチベーション低迷の要因2
右肩上がりの時代の、企業の継続的成長を前提としたフレームは有効性を失いました。
終身雇用、退職金制度、年功序列型の人事制度。これらの制度に係る支出は、固定費的な、どちらかというと投資的性格を持ち、長い目で見て回収していくというモデルでした。経済構造の変化から、これらのフレームの有効性が失われてきました。
しかし、変化の激しい、先行きが不透明な時代になるとどうしても固定費は怖くなります。経営者の心情としてはどうしても、売上に応じて柔軟に増減する変動費へシフトしたくなります。
そこで出てきたのが成果主義でした。成果に応じて人件費が決まってくるので、より変動費的な性格が強くなります。成果をあげることができれば報酬は増え、成果をあげなければ報酬は減る。非常に合理的なもののように見えます。
しかし、この成果主義は当初の想定に反し、逆にモチベーションを下げる要因にもなっているのです。
そもそも「成果」とは何でしょうか。成果を誰にでも納得できるように測ることなどできるのでしょうか。結論から言うとできません。営業を前提としますと、同じ500万でも売り上げるための難易度が違う場合がありますし、競合の出現、立地、顧客の重要度、運、周辺の施設、取引実績、個人の能力などなどによっても異なります。これを全て数値化し、比較可能な数字にすることなど到底できません。
また、事務部門における成果とは何を想定すればよいのでしょうか。営業部門との比較はどのようにすればよいのでしょうか。技術部門、開発部門との原資の配分はどのようなルールに基づけばよいのでしょうか。そして、数値化できない組織貢献はどう評価すればよいのでしょうか。どうしても得する人と損する人が出てきてしまいます。
さらに、サーベイを実施すると同じ人事制度であるにもかかわらず、人事制度に対する満足度に、部署によって大きな差がある場合があります。それはそもそも、人事制度の運用状況がマネジャーによって異なるということを意味しています。マネジャーの制度運用のまずさや人間性に対する嫌悪感が、人事制度のせいにされてしまう場合もよくあります。
現状の成果主義は、変動費化した押さえられた人件費で、必要な行動を押し付けているという側面は否定できません。そのような状況で従業員の個人欲求は満たされるでしょうか。
モチベーションが下がるのも無理ないことなのです。
人間関係とモチベーション
金銭やポストが不足している昨今、モチベーションを語る際、人間関係論は避けて通れません。
やる気の大きさは物理的環境条件だけでなく、人間関係が大きく関わっているという理論です。ハーバード大学のメイヨーとレスリスバーガーが、ホーソン工場の実験で明らかにしたものてす。今の感覚からすると当たり前のように感じますね。人間関係の良し悪しが、モチベーションの大きさと関係が深いのは日常的に、直感的に納得できそうです。
したがって、マネジャーは人間関係を管理する必要があります。「人間関係」とは随分抽象的で、抽象的な言葉はともすれば思考の停止を招きがちです。なるべく具体的に考えていきましょう。例えば、マネジャー含めて5人の組織を想起してください。ここでの人間関係は、マネジャーと成員の人間関係、つまり4本の線があります。このあり方は成員に大きな影響を与え、モチベーションの大きな要因となります。
さらに、成員同士の関係もあります。総当たりで6本の線が引けますね。つまり一口に人間関係といっても、5人の組織では10本の関係(線)が存在しており、このそれぞれについてのクオリティに気を配らなければらないのです。
もちろん大切なのはマネジャーから成員に出ている線ですが、成員同士の関係にも気を配っておかないと、いつの間にか仲たがいし、モチベーションが地に落ちていたということもあり得ます。理不尽な振舞いのお局に目を背けているうちに、優秀な社員が退職してしまったなどという話は枚挙に暇ありません。
その時マネジャーか「私は何も悪くないのに」と嘆く権利はありません。人間関係のメンテナンスを怠ったのですから。
人間関係の質を高める
5人の組織であれば10本の線(人間関係)のメンテナンスが必要であることをお話ししました。マネジャーは4本の線で成員とつながっており、他にも6本の線をマネジメントしなければなりません。10人の組織だと45本の関係を、15人だと90本にも上ります。
この線のクオリティはどのように決まってくるのでしょうか。
まずは権力。組織から付与された権力は上司・部下の関係を否応なく規定します。次に相性があります。ウマが合うとか合わないとかいうやつです。他には信頼感。この人の言うことを聞いていれば、組織の目的や自分の欲求が叶えられるという感覚です。また、マネジャーのスキルや魅力、姿勢など様々なものがありますね。
実はこの線の太さやクオリティがリーダーシップにつながっていきます。この線を日々育てていくことはマネジャーの仕事です。「人間関係の管理」は立派な仕事です。相手に敬意を払い一人の人間として尊重し、先人の知恵を借りながら、事実に基づいて、組織目的の達成に尽力する。このような誠実な姿勢が人間関係の向上につながっていくのです。
意地悪な課長のせいで組織全体がギクシャクした。魅力的な課長のおかげで皆の顔がパーっと明るくなったという話をよく聞きます。これはマネジャーの心のあり方がが人間関係を作り出しているという側面が強いからですね。